自己紹介

復縁応援団長@夢アニキと申します。

1969年神戸市生まれ、現在、東京都江東区在住。

大学卒業後大手メーカーに就職し、3年後に結婚し、
30歳で東南アジアの子会社に出向。

家庭の事情で単身赴任となったせいもあり、
現地で女性問題を起こす。

家庭の崩壊は免れたものの、
会社に居づらくなり36歳で退社。

学生時代に教員免許を取得していたので
学習塾の講師に転職。、

現在はフィリピンで知人の会社を手伝いながら、
ブログを書いています。

過去の過ちを肝に銘じ、
今は阪神タイガースと家族をこよなく愛す
花の中年です。

信条は『為せば成る』、
何事も諦めずに全力を尽くすことです。

最後に、恥ずかしながら、
私がこのブログを書くきっかけとなった

「私自身の復縁体験」を、
つまらないと思いますが、
興味があればお読みください。

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赤面のいたりですが、
最初に、あやまちの経緯を簡単に・・・・(恥)

彼女とは東南アジアのある国に単身赴任した時、
出会いました。

きっかけは、彼女のおばさんが私の社宅のメイドだった
ことでした。

彼女は、カレッジで看護士を目指して勉強に励む
学生で、アルバイトで授業料を稼ぐ必死な姿に
感心したことを思い出します。

また、ハイスクールの時、留学制度を利用して
日本で1年間滞在したので日本語も
まあまあ上手でした。

単身赴任の寂しさや不自由さもあって、
日本語のできる彼女は私のいい話し相手でした。

間もなく二人だけでデートするようになり、
そのうち・・・・・離れられない関係になるのは、
ある意味では当然の成り行き????

でも、このようなことは隠しおおせるものでは
ありません。

日本でも、会社、家族とも知ることになりました。

この時点で会社から言われたこと、受けた仕打ちは
省略しますが、それは厳しいものでした。

家族の反応も、経験した者しか分からないでしょう。
それは本当に身が細るような辛い思いをしましたが、
やはりここでは省略します。

では、本当に冷え切った、こじれきった仲を
どういうふうにしてよりを戻したのか、

* まず、何も言わず素直に謝ったこと

余分なことを言えばもっとこじれる恐れが強いと
思いました。

* 適切な冷却期間が取れたこと

すぐに現地へ戻らねばならなかったため、
結果的に良かった、ラッキーであった。

* 親身になって相談に乗ってくれる先輩がいたこと

しかも、妻がこの先輩を尊敬しており一番信用していたのも
ラッキーでした。

復縁できるまで、先輩が実にいいタイミングで
妻に話してくれました。

* この時点で、復縁セラピスト(小野田ゆうこさん)に相談したこと

今後すべきこと、そのタイミングについて、
都度アドバイスを貰うようにした。

自分磨き、誠意の見せ方、気持ちの伝え方、
その他先輩が妻に説明するタイミングまで、
適切なアドバイスを貰った。

* 大好きなお酒をやめて浮いた時間を読書にあて、
  妻の好きな歴史や旅行の勉強をしたこと

自分で変わらないと妻と話すきっかけがつかめない
と思った。

ここで、
やっと夫婦である程度会話を持てるようになったので、
何とか次のステージに進めました。

約4ヶ月後です。

* それまでは社用の帰国だけだったのを、
  自費でも帰国するようにした。

誠意を感じて貰うためです。

* 妻に一人で子育て大変だったねとお礼を言いながら、
  今でも変わらぬ愛情をもっていることを真摯に伝えた。

この時点でやっと伝えることができました。

* 今度の問題の本当の原因(なぜ浮気したか)を
 妻に聞いて貰い、お互いに反省点があることに
 気付いて貰った。

当然一方的に自分が悪いのですが、
妻も少し考えが変化した。

これが一番難しかったことですが、
このあたりの話し合いの機微にあたり
小野田ゆうこさんの適切なアドバイスには
感心させられました。

妻自身が、東南アジアが、暑い、住環境がもう一つ、
子供の教育ができないなど、
初めから同行する気がなかったことも
問題の一つであったと反省し始めたのです。

そうなんです、

最後の決め手は妻が幾分かは自分にも非があったと
認めたことだったのです。

それからは順調に復縁の道をたどりました。

このような経緯から、

少しでも、復縁を望む方のお役に立てればと思い、
このブログを始めました。

最後に、小野田先生、本当にありがとうございました。

そして、今あなたが復縁したいとお悩みなら

小野田ゆうこへの初回無料のメール相談は
コチラからできます。

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